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シヴァ尽くし 2.5

さて・・・。

すっかり忘れた頃に再登場!

やっぱり続いておりました、このシリーズ!!!(と、無理やりテンションを上げてみる(笑))

実は、今回は書くか書くまいか迷った・・・。それは何故か?

残念ながら、今回の話はかな~り地味なのである。だから、タイトルが「3」ではなく、「2.5」。

その地味~なシンクロは、前回の記事を書き終えた後に起こった。

記事をUPした後、他の方のブログを読んでいたら、「季節判定」の話が書かれていた。

「季節判定」とは、人生のサイクルを季節にあてはめる占いのようなものである。

季節判定の存在は数年前から知っていたのだが、そういえば最近全然してないな~と思い、生年月日を入力し、判定をしてみた。

私が生まれた季節は「秋」。

『秋生まれの人は、無限大なる可能性と叡智のもと、自己を解き放ち、寛大で、霊的な創造をする、あるがまま自由な、知恵ある愚者である。』

へぇ~。そうだったんだ。すっかり忘れてた(笑)

しかし、知恵ある愚者って一体・・・???ま、いいや。

続いて、現在の季節。

今年は「春3年目」らしい。春かぁ。どんな年なんだろう?

『春3年目  破壊と創造、次のために潔く手放す』

んっ???『破壊と創造』?・・・、どっかで聞いたことあるな・・・・・・。

『二年目の自己探求を受けて、やがてくる夏のために、できあがったものを一度壊して、もう一回つくるとき。

つまり、「破壊と創造」の年。

固着・執着からの脱却・脱出をしなければならないし、手放すものは潔く手放す。』

・・・・。

できあがったものを一度壊して、もう一回つくる・・・。破壊と創造・・・。

これって・・・・シヴァ神そのものじゃん!!(T-T)

シヴァ神と言えば、確か、前回・前々回のシンクロは28日だったなぁ。

今日は何日だったっけ。

・・・ああっ。28日だ!!!これってシンクロじゃない???

おお。シンクロじゃシンクロじゃ!!

 

・・・以上、終わり。

 

・・・終わりです。

 

そう、これだけなんだよ~~~~~~っ!!

ねっ、「3」にはできないでしょう???(泣)

なんて微妙な こじつけ シンクロなんだろう・・・。じ、地味だぁ。

回を増すごとに、シンクロ具合が衰えていっている気がする・・・。

ううむ。『尽くし』を外すべきだったかな。(え?そんな問題じゃない?)

シヴァさん、次はできればもっと驚くようなシンクロにして下さい・・・(切実)

目指せ、「2.5」 → 「3」 !!(笑)

というわけで、イマイチなシンクロのご報告でした。ふぅ。

(PANDORAの「siva(ブレスレット)」の販売、惜しかったなぁ・・・(販売開始が29日だったの・・・))

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見てるけど見ていない

PANDORAの「人間の話」→<神示の音読>で、他人の言葉を音声として聴いていて、意味を取らない時がある、という話があった。

“聴いてるふりをして実は聴いていない。

読んでるふりをして実は読んでいない。”

このことについて、私も以前、同じような記事を書きかけていたことを思い出した。

・・・・・・・

回覧されてくる写真つきの報告書をチェックする、という定期的な業務がある。

その報告書は、少なくとも2人の部下がチェックした後に私の手元へ回ってくるのだが、たまに疑問に思う。

「この子たちはこの報告書、ちゃんと見てるんだろうか・・・。」

簡単な漢字が間違っていたり、写真が逆さまだったりと、わかりやすいミスに対しても、何の訂正も入っていないことが多い。

単なる見逃しもあるかもしれないが、ここまで多いとさすがに疑問が湧く。

彼らがきちんと報告書をチェックしているのかどうか、こっそり観察してみた(笑)。

一応、ページを一枚一枚めくり、見るには見ているようだ。

そしてその部下が見ていた報告書をチェックしてみると、やっぱり、訂正すべきところが訂正されていない。う~ん。

部下に聞いてみた。

「ねぇ、ここさ、ほら、写真逆さまなんだけど。気付かなかった?」

すると部下は

「え?・・・わっ!!本当だ!!!気付かなかった。」

そこで私は思った。

この子たちは、ただ単に「見てるだけ」なんだなぁ・・・、と。

視界には入っているが、その情報について考えてはいない。

「ただ見てるだけ」なので、気付けない。

それって、チェックの意味があるのだろうか・・・^^;

先日、同僚Cがこんなことを言っていた。

「F君がさ、何度も同じミスをするから、注意したのね。その時は「すみませんでした」って謝るんだけど、また同じミスをする。

ど~~も、どうして注意されたのかってことを考えてないみたいなんだよね。ただ漠然と「叱られた」としか思ってないんじゃないかな。だから、何が悪かったのかわからなくて、何度も同じミスをする。」

本人にどう思っているのか聞いたわけではないので、ただの推測、とは言っていたが、同僚Cは鋭いと思う。

F君は叱られた内容について、理解していないのだろう。

これは、「ただ見ているだけ」と共通しているように思う。

こういったことは、仕事上だけの話ではない。

日常の生活にもあてはまる。

ただ漠然と生きるのか。向上心を持つか持たないか。

より良くしようと考えるか、まるっきり何も考えないか。

今、目の前にあることを、真剣に捉えるのか、流されるのか。

他人がとやかく言うことではないのはわかっている。そこに気付き、選んでいくのは本人の自由だ。

しかし、自分で気付けないことは自力では永遠に気付けない可能性もあるので、お節介だとは知りつつ、私が気付いたことを少し伝えてみたりすることもあるが…。

たいてい、鬱陶しがられて終わり(笑)。

ま、そんなもんだろうな…(泣)。

(わからない人にわかってもらうというのは、至難の業だと思う…)

折角この世で生きているのに、何だかもったいない。

私は今に気を入れて、たくさんのことに気付き、学んでいきたいと思う。

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写真とエンジェルオラクルカードの関係

(評判の良かった写真を載せてみました)

2

ご存知の方も多いかと思うが、私は趣味で写真を撮っている。

写真を撮るようになったのは2~3年くらい前から。ある人にカメラの使い方を教えてもらい、本格的に写真を撮るようになった。

そんなある日のことである。

その人と写真の話をしていると、突然、何の脈絡もなく黒髪の天使のヴィジョンが視えた。

その頃はまだ全然スピ能力(?)も何もなかったので、突然視えた天使に私はとても驚いた。その天使が誰なのかとても知りたくなり、ネットで調べまくった。

結局、いくら探してみても、黒髪の天使が誰かなんてことはわからなかった。しかしその時、天使の絵が描いてあるカードの存在を知り、とても欲しくなった。

そのカードとは、「エンジェルオラクルカード2」。

もちろんすぐに購入し、わくわくしながら届いたカードを見てみると、その中に居たのである。

あの、「黒髪の天使」が・・・。

その天使の名前は「Archanjel Gabrielle(大天使 ガブリエル)」。芸術に関わる天使。

すんごくびっくりした(笑)

写真の話をしていた時に、芸術に関わる天使の映像が視えたなんて・・・。

でも、納得した。

私がその時「黒髪の天使」のヴィジョンを見なければ、オラクルカードの存在を知ることはなかった(若しくは、知るのがもっと遅かったかも)。

私が初めて守護存在からメッセージを受け取れたのは、エンジェルオラクルカードで友人にリーディングを行っていた時である。

もしあの時、エンジェルオラクルカードを手にしていなかったら・・・。

今とは全く違う私になっていたかもしれない。

「黒髪の天使」は単なる私の妄想か、それとも守護存在の巧妙な策略なのか、はたまた本当にガブリエルさんが居たのか。

それは今もわからないけれど、単なる偶然にしちゃあ出来すぎた話である。

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自己愛・他者愛

「本当の自分」で書いたように、少しずつ本当の自分が見え始めた頃のことである。

私はあることで毎日葛藤していた。

それは、「エゴ」及び「自己愛と他者(他人)愛」についてである。

例えば、人に対する発言について、それはただ自分が「言いたいだけ」なのか、「その人のためになる」発言なのか、などと、考える。

もしそれが「言いたいだけ」の発言なら、何故言いたいのかを自分に問う。(いつもではないが、人に影響するような発言を行う時などは。)

その「言いたいだけ」の発言の根底にあるのは、自分の価値観の押し付けや、自慢、不満、愚痴、プライドや自分を守る為、・・・などなど、要するに自己本位でエゴを満たすためのものが多いように思う。

「自己愛・他者愛」を意識するようになり、自分の中で、これはエゴなのか、それとも物事を良くするための発言なのかを考え、エゴだと判断した場合はなるべく「言わない」ようにしていたのだが、これはかなり我慢が必要であった。(私はとても自分本位な人間だったから。。。って今もだけど(笑))

「自分が言いたいこと、やりたいこと」≠「人、周囲にとって良いと思われること」であった時、その間にはジレンマが生じ、エゴが勝つか他者愛が勝つか、というような葛藤が自分の中で繰返し行われていた。

我慢することが美徳だとは思わないが、そうやって自分の言動ひとつひとつについて考えているうちに、少しずつエゴと他者愛の折り合いがつくようになってきた。今後は比率をどう変えていくかである。

また、人を想う言動というのは、一見、理解されにくいこともある。

耳障りのよい言葉が人にとって必ずしもためになることとは限らないし、わかりやすい優しさだけが本当の優しさではないと私は思っているが、私と価値観が合わない人は大勢いる。

表面だけを見て、厳しい私を毛嫌いする人もいるが、私は私の信念に乗っ取って自分の最善を尽くしているので、次第に、人にどう思われようと平気になっていった。

私は人である限り、エゴは消せないと思っている(覚者はどうかわからないけど・・・)。ならば、エゴと上手に付き合っていくことが賢明だと思うし、そうやって自分の中のエゴを認識していくうちに、エゴが大人しくなったような気がする。

私が「人のためになること」と考えるのは、あくまで私の判断であり、本当にその人にとって良いことでためになるのかはわからないし、正直、私のしていることは傲慢この上ないことなのかもしれない。

しかし、自己本位、エゴの赴くままでいるよりは、よっぽど「マシ」ではないかと思う。

そして、もっと上を行くならば、「自己本位」でいること=「人のためになること」かな~、なんて思っている。

自分がしたい、言いたいことが、人のためになることならば、葛藤も何もない。(素直で心が綺麗な人は、容易いのかもしれないが・・・)

普通のOL生活をしながら、いつかは自分の言動がおのずと「自己愛<他者愛」になれば良いな、とは思っているが、道程はまだまだ遠そうである・・・。(遠い目)

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歓迎できない訪問者

先日、所用で実家に帰省していた。

スピな能力が少し開いてきてからというもの、実家の2階の部屋で寝ていると、生きていない人(笑)がやってくることがある。(家が建ってる場所が良くないんだと思う)

前回(前々回だったかな?)帰省した時は男性が来たが、今回は女性のようだった。

夢も見ないくらい深く眠っていても、彼らが来ると、体全体が勝手にピーンと緊張し(金縛りではない)、意識が現実に引き戻され、望んでもいないのに彼らの方に神経が集中してしまう。

何故かいつも、彼らは律儀にも部屋の扉の方からやってくる。

目を閉じていても、彼らの性別や、どんな感じなのかがわかる。

今回来た女性は怒った表情をしている。不本意な亡くなり方をしたのかもしれない。

彼女は結構私の近くまで来た。

私は徐霊も浄霊もできないので、仕方なく『延命十句観音経』を唱える。

そして、『ここにいても何もイイコトないよ。あなたには帰るべき場所があるでしょ。執念を捨てなさい。帰るべきところに帰りなさい。(霊界に向かって)誰か迎えにきてあげて下さい。』

と、念じる。これが正しいかどうかはわからないが、むやみに怖がったり、同情するよりはマシなんじゃなかろうか。(※我流なので、マネはしないで下さいね^^)

まぁ、もし仮にその人が私に憑いてしまったとしても、今の私はその人らに操られるほど精神は弱くないので(多分・・・(笑))、彼女らは私に憑いても面白くも何ともないと思う^^;

お経を唱えてしばらくすると、彼女の上の方から明るい光が差したように感じたのだが、私の記憶はそこで途切れてしまった。

彼女はどうなったかなぁ。

今思い返せば、私は昔っから霊感らしきものがあったように思う。

一番キツかったのは、高校生の頃、眠っている時、霊に首を絞められたことだろうか。

それ以降は、しばらく照明を点けたまま寝てたっけ(笑)

あの頃はそういったことが怖くて仕方なかったが、今はあまり怖いとは思わない。

元は生きていた人間だし。

怖いというよりは、成仏できずに彷徨っていることが不憫に思える。

実は先日のリーディングで、能力が中途半端に開いていて低級霊が寄ってきやすいから、きちんと誰かに(スピ能力の使いかたなどを)習ったほうがいい、と言われていた。

今回のようなことがあると、確かに、私のためだけでなく彼らのためにも、浄霊の仕方や、結界の張り方などは、一通り覚えておいたほうが良いのかもしれない。

ただ、私にとって、「誰に習うか」というのが一番の難題なのであるが・・・。

ま、時期がきたら、師匠が見つかるだろう・・・。(きっと。多分。そうだといいな・・・(笑))

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9月の体調不良

以前「守護天使についての質問」で書いていたリーディング結果が届いた。

個人的な内容についてはともかくとして、『精神構造』についての結果がちょっと面白かった。

~精神構造~~~

潜在意識は真っ直ぐな形に整っています。
潜在意識と顕在意識の対立があまり無いようです。つまり、心には大きな問題が無いとうことです。 総じて心は健全な状態です。
あえて言うならば、心に無駄なところが無さ過ぎる気がします。

もうちょっと人生で遊んでも良いかもしれません。

~~~~~

あははは!!!心に無駄なところが無さ過ぎるって!!!(って笑っちゃいかんか)

っつーか、当たってるし(笑)

なんか、すんごく納得した。すごいなぁ、この人。

そうそう、気持ちの抑揚があまり無いし、とっても冷めてるのよね、最近・・・(爆)

また、リーディングの内容の中に、「9月に地球レベルのエネルギー変化があり、来年の2~3月までスピリチュアルの世情の変化が続くでしょう」とも書いてあったのだが、これはとても心当たりがある。

9月の下旬から、どうも体調が悪く、眠くて眠くて仕方がなかった。それから、すごくオブラートに包んで書くが、腸があまり機能していなかった。(胃腸の浄化?)

それから、関係があるかはわからないが、体調不良と同時に精神が不安定になり、エゴがいつもより頻繁に顔を出していた。

精神面はともかく、体調不良があまり続くようなら病院に行こうと思っていたのだが、10月6~8日の連休ずっと寝ていたら、抜けた感じがして、体調も精神的なものも元に戻った。

秋分の日がエネルギーの転換日、ということは知っていたのだが、どうもそれだけではないような気がしてよくよく思い出してみると、9月18日はDさんのサイトに書かれていた「クオンタム・リープ」の日だった。

それから、PANDORAで紹介されていた『シリウス文明がやって来た』にも同じようなことが書かれていた。

私が体調不良だった時期と重なる・・・。

スピリチュアルな情報が本物かどうかなんてわかりはしないが、こうやって現実に何か起きると、やっぱり見えない世界でなにやら起きているんだな~と思ってしまう。

ちなみに、リーディングして下さった方曰く、変化が収まる来年の2~3月頃までは、スピリチュアル的なことは新規開拓しない方がいいとのこと。

これから徐々に、現実世界でも変化が起きてくるのかもしれない。

どうなるんだろう?何が起こるんだろう。不謹慎かもしれないが、そう思うと少しわくわくする。

この時代に生きていることが、とてもうれしい。

良いこと悪いこと、様々なことが起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。

何かが起きたとしても、気持ちをしっかり持って、後悔しないように生きていきたいと思う。

(・・・もっと人生で遊ぶ方が先かな・・・(笑))

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ちょっと尊敬

同僚Cは犬を飼っており、犬の健康を考えるNPOを設立しているNさんから、無添加のエサや犬用おやつを購入している。

同僚CとNさんはいつも、犬の散歩コース途中の公園で会っている。

公園で犬を遊ばせながら、二人はいろんな話をするらしく、同僚Cはよく、私にNさんと何を話したか教えてくれる。

お昼を一緒に食べながら、同僚Cは今日もNさんの話をしてくれた。

「真夏の暑い日の昼下がりにね、夏休み中の中学生らしき男の子が、犬の散歩をしてたんだって。

夏ってさ、昼間に犬の散歩しちゃいけないよね~。熱く焼けたアスファルトの上を、犬は素足・・・って肉球だけど、で、歩くわけだよ?火傷しちゃうよ。

それに、アスファルトの熱で犬はかなり暑いと思うよ。体が地面に近いからね。小型犬は特に。。ある意味イジメだよね。

その子が散歩させてた犬は見るからに老犬で、ヨタヨタしてるのに、その子はお構いなしにリードを引っ張って、足早に歩いてるんだって。

犬はハァハァしながら、首輪を引っ張られて、一生懸命歩いているの。

Nさんはそれを見て、もう、たまらなくなってしまったらしく、その子に

『あんたねぇっ!!

こんなに暑い真昼間に犬の散歩させたら、犬は死んじゃうわよ!!!

もうちょっと考えなさいっ!!

さっさと家に帰って、知らないおばちゃんに怒鳴られたって言ってきなさい!!!』

って、怒鳴ったら、その子、半泣きで帰っていったらしいよ。」

うわぁ~!

Nさんスゴイ!!!尊敬する・・・。

私にはどんなに気になっても、知らない人に声をかけたり、ましてや、怒鳴ったりするなんてできない。

それはつまり、「見て見ぬフリをしている」ということであり、してはいけないことだとわかっていても、私にそこまでの勇気はない。

Nさん、年上とはいえ、すごいなぁ・・・。

最近少しずつ、自分の魂(気持ち)の赴くまま行動するようにはなってきたが、まだまだだな、と思った今日この頃である。

(昨今、逆ギレされる可能性もあるから一概には言えないけどね・・・)

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悪は悪ならず、悪にくむが悪。

ひふみ神示をたどって・・・』というブログの今日のひふみ神示は、『悪は悪ならず、悪にくむが悪。』だった。

日月神示は読み手の状態によって、様々な受け取り方、解釈の仕方ができる。

同じ文章を読むにしても、以前と今とでは解釈が違うこともしばしば。

分かりやすい部分もあれば、何通りも解釈ができる部分もある。

どの解釈が正解でどれが誤っているとか、それはそれこそ「神のみぞ知る」なのだろうが、正解かどうかより、神示を読んでどういう意味なのだろうと考えることも、大切なことなのかもしれない。

『悪は悪ならず、悪にくむが悪。』私はこれについて、なんとな~く思い当たることがある。

会社と家を結ぶ通勤路のほぼ中間に、大きな橋がある。橋の下には川が流れ、サギやカモなどの鳥や、たくさんの魚たちがいる。

私はその橋の上から、鳥や魚の姿を見るのが大好きだ。

そして、その橋の欄干に、よく空き缶が置いてある。

私は欄干の上の空き缶を見つける度に拾い、近くの自販機横の缶入れに捨てるのだが、缶を拾う時にいつも、「何でこんなことするんだ!川に落ちたら川が汚れるじゃないか!鳥が怪我をするかもしれない。何考えてるんだ!全く、けしからん!!」と、まるで波平さんのように(笑)、ムカムカとしていた。

でもある日、ふと思った。

そうやってムカムカして負の想念を撒き散らしながら拾う方が、いけない気がする・・・。

それからというもの、缶を拾う時は、何も考えないようになった。

良い事をしていると思うから、ムカムカしてしまうのだ。

私は、そこに置かれている缶が川に落ちて、川が汚れるのが嫌だから拾うだけ、であって、それ以外の何でもない。

そう考えるようになった。

もちろん、知人がそんなことしようモノなら、叱り飛ばすだろうけど(笑)

『悪は悪ならず。悪にくむが悪。』

「にくむ」が「憎む」なら、悪を憎む心が悪、と単純に思い、缶の話に繋げてしまったが、果たしてそういう意味なのだろうか。

悪を悪と思うのも、人の価値判断によるものであるし、自分の価値判断で悪だと決めつけ、悪を憎んでしまうことこそが、悪なのではないか。

また、悪と思われるものも、全てを許(受)容せよ、というのが今の私の解釈であるが、他の人はどう思うのだろう?

日月神示、奥が深い。。。

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守護天使についての質問

最近、スピ話がご無沙汰だったので、久々に守護天使についてのお話。

「何を指して守護天使と呼ぶのか?」なんて書いておきながら、先日、天使系の方にトータルリーディングを申し込んだ。

リーディング結果はまだ届いていないのだが、折角なので、申し込みをした際に守護天使についていくつか質問をしてみた。

ある程度は私が常々思っていたことと一致していたのだが、ほほ~、と思ったのが「守護天使は人間の願いを叶えるために存在するなどと、都合の良いことを書いているブログやサイトをよく見ますが、守護天使はそんな存在なのでしょうか?」という質問に対する答えである。

その方の返答。。。

『守護天使は、守護天使の目的に沿っており、尚且つ、天使の基準で援助する必要があれば援助します。

守護天使の目的とは、才能を開く、幸せになる、高次に繋がる(場合により)などでしょうか。

守護天使の目的以外のことは、いくら願っても手を貸してくれません。特に、寿命を伸ばしてほしいとか、そういったような願望に対しては、とてもクールですね。』

だそうである。

この返答を読んで、パートナー君にも訊いてみた。

「こういうことなの?」

『概ね、そういうことだと思います。』

「じゃあ、個人的な願望は叶えてもらえないってこと?」

『ケースバイケースです。守護天使の目的、と言っても、その目的とは固定的なものではなく、人間が決めたことに対してどうするか、ということなので。

例えば、私たちは、あなた方が生まれる前に設定した青図を知っています。

あなたがその青図通りに生きたいと願うなら、それをサポートしますし、青図を全く無視して他の生き方をする、と決めたのなら、それはそれでサポートします。

ただ、そのサポートとは、自分勝手な願望を叶えるものではありません。

あなた方が意識的でも無意識にでも、こうしたい、と決めたことに対しての、必要最低限のサポートです。』

「でもさ~、天使系のブログとかで、守護天使にお願いしたら願いが叶った、という話もよく載ってるよ。」

『守護天使とコンタクトが取れるくらいになると、守護天使が何もしなくても、願望が叶いやすい体質(状態?)になっていることもありますし、あなたが危惧しているように、守護天使ではない存在がついていて、願いを叶えていることもあると思います。

また、読者を増やすために嘘を書いていることもあるでしょう。

ただ、守護天使の判断で叶えていることもないとは言い切れませんが、あなたが常々考えているように、守護天使が安易に願望を叶えるということは、頻繁にはありません。』

とのこと。

そう言われて(?)思い出したのだが、以前、あまり素行が良くない人のリーディングをした時、その人の周囲の気が黒く淀んでいて、守護存在がとても遠くにいるように感じたことがあった。

その人を観察していると、黒く淀んだ気が邪魔をして、守護存在のサポートを受けるのが難しそうだった。

「自分の状況が悪くて、守護存在のサポートを受け取り辛い状態になった場合、守護天使はそれを助けたりしないの?」

『その状況を造り出しているのは、誰でもない、その人本人です。本人がその状況から抜け出そうと努力しない限りは、守護天使は傍観しているだけです。

基本的に過剰介入はしませんし、その人の学びやカルマの妨げになるようなこともしません。(例外もありますが・・・)

結局は本人次第なのです。』

ほほぅ。

私の妄想かもしれないパートナー君の話は、相変わらず面白い。

何はともあれ、何でも願いを叶えて依存させるような守護天使がいるなら、それは、本当の守護天使ではないのかもしれない。

・・・あれ?でも。

先日ちょっとしたことをパートナー君にお願いした時、見事に叶ったのでお礼を言ったら、パートナー君、仕方ないから叶えてやった、みたいな感じで笑ってなかったっけ?

安易に願いを叶えるのは守護天使ではない存在・・・。

じゃあ・・、パートナー君って一体・・・???(守護天使じゃなかったんか~!?)

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